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「紅型」展へ天王寺まで [ミュージアム]

お陰様をもちまして今月、わたしのお店コレットが10周年を迎えました。
それで、ささやかながらチョッとしたイベントをすることとなり、
準備期間も交え、バタバタした日々を送っていたのですが、
ここへきてようやく一段落し、久しぶりの休日となった昨日、
本町にある取引先で一仕事を終え、
その足で天王寺公園の中にある大阪市立美術館へと向かったのでした・・・

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9月11日から開催され、ずっと気になっていたのですが中々時間が取れず、
今度の日曜日までというギリギリになってようやく出掛けることができました。

〈沖縄復帰40周年記念〉
紅型
琉球王朝のいろかたち

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ところで、紅型(びんがた)と聞かされてもご存じない方も多いでしょうが、
これは琉球王朝時代に沖縄で生まれた染物で、
天然の染料や中国から輸入された顔料など鮮やかな色彩で染められ、
王族や士族など一部の人達だけが着ることを許された衣装です。
特に、パンフレットにあるような黄色は王族だけに許された色で、
赤色地系統も中国から輸入した高価な顔料を用いるのでお金持ちに限られたそうです。
そして普段はダメでも、お祭りなどお祝いの時には一般の人も着ることを許され、
染色せず素材そのモノの色を使った白地系統や、
沖縄原産の藍を使った青色地系統などは特に多く作られたようです。

とにかく以前から、あの艶やかな色彩の着物に魅せられ、
自分でも着たくて着たくて~~[揺れるハート]
数年前、近所の呉服屋さんのショーウインドーで、
鮮やかな黄色地の紅型の振袖を見付けた時には、思わず駆け寄ったほどでした。
ああでも、もう振袖を着る年頃など、
とっくの昔に通り過ぎているので諦めましたが・・・[ふらふら]

そんな訳で、琉球王尚家に伝わる国宝の品々をはじめ、
今回初公開という洋画家岡田三郎助が蒐集し、
今は松坂屋コレクションに寄贈されたものまで、
沢山の琉球紅型衣裳を音声ガイドを聞きながら、ゆっくり見て回ることができました。
ただ、それらはやはり古いモノですから色褪せは仕方なく、
豪華絢爛とは言い難かったのがチト寂しかったですが・・・

それと、図柄に用いられるのは桜や藤、菊というように、
沖縄ではなく、中国や日本を感じさせるものばかりで不思議に思っていましたら、
どうやら、敢えてそんな外国を思わせる柄を使うのが、
当時の琉球人にとってのステータスシンボルだったようですね・・・

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それにしても、最終間近ということでか沢山の方がおみえでしたが、
和服をお召しの方がやたら多いのにビックリ!
中には紅型の素敵な帯を締めた方もいらして~[ぴかぴか(新しい)]
アレは何か特典でもあったのかしらん!?

そうやって、美術館を出て目にした景色がこちらで、
せっかくここまで来たのだからと、通天閣を目指すことにしたのでした~[るんるん]

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それで勿論、展望を楽しみにしていたのですが、
2階に上がりいざ600円の料金を払う時になって・・・
ナ、ナント!30分の待ちだと言うじゃないですか~~[がく~(落胆した顔)]
見れば行列が一周してる有様で、今更ながらに人気の高さを思い知らされた始末!
ああでも、とてもじゃないけど待つのはゴメンと、
サッサとエレベーターに飛び乗り帰途に就いたのでした。

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まあ、30分待って上まで上がらずとも、
ビリケンさんはあちこちにいらっしゃったしね~~[手(チョキ)]

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ところでこの天王寺界隈、出会うのはお年寄りばかりで、
初めて訪れたわたしはとても意外に思いましたが、
若い人の少ない街なのかしらね?通天閣は若い観光客ばかりだったけど・・・

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組上絵と絵本展 [ミュージアム]

昨日の神戸の最高気温は36.9度もあったそうですが、
そんな中、何処にいても暑いのは同じと、
姫路まで2つの展覧会を観に行って来ました。

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修復中のお城を眺めながら、最初に向かったのは兵庫県立歴史博物館です。
こちらへは以前、「宝塚歌劇100周年記念展」の時に訪れましたが、
今回は、とても珍しい「組上絵」の展覧会です。
ところで、この「組上絵」をご存じの方はいらっしゃいますか?
わたしは今回初めて知ったのですが・・・

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「組上絵」とは、江戸時代から明治にかけて親しまれたペーパークラフトで、
錦絵として刷られた絵を切り抜いて組み立てた紙のジオラマなんですね。
元々は、お盆に作られる灯籠飾りが玩具化したもので、
かつての江戸や大坂の町屋では家々で作って、
夕涼みの床几や縁側に蝋燭の明かりで飾り立て夏の風物詩となっていたそうです。
ただ、それも大正時代にはすたれてしまい、
その後は、子供向け雑誌の組み立て付録などに受け継がれています。

さて、そういうわけで、大阪の子ども文化研究家だった故・入江正彦さんが収集し、
こちらの博物館に寄贈された組上絵の数々を観て回りました・・・

先ず一番先に目に入ったこれは1810年代の物で、
かの葛飾北斎画「新板組上灯籠 湯屋新見世之図」
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葛飾北斎のはコレ一点だけでしたが、さぞかしのお値段なのでしょうね~[ぴかぴか(新しい)]

またこちらは1820年(文政3年)歌川豊久画「当所両国女曲馬組上」
両国で行われた女曲馬の興行を題材とし、
糸を引くと馬が舞台上を行き来する仕掛け付きです。
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これらの他にも、芝居小屋の様子や江戸の年中行事を一つの情景にまとめたもの、
また、甲冑、雛段など小物も沢山ありました。
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そして明治時代になると、ガラッと趣きは変わり、
明治5年に開業した新橋停車場や鉄橋の組上なども現れ、
時代の移り変わりが一目瞭然でした。
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それと明治時代になると、歌舞伎や浄瑠璃での一場面も多く、
義経の八艘飛びや鵯越の逆落とし、また赤穂浪士の討ち入りなど、
見知った内容で、楽しく観ることができました。
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そして昭和に入り、少年倶楽部や少女の友という子供向け雑誌の付録となりましたが、
確かにわたしが子どもの頃、きれいにハサミで切り取り、
のりをつけて組み立てたのを覚えています。
でも当時は、女の子のより男の子向けのが多かったように思うのだけど・・・
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さて、そうやって一番の目的だった「組上絵」を後にして、
お次はお隣の赤い煉瓦がオシャレな姫路市立美術館へと向かいました。

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こちらではちょうど、世界の絵本作家展が開催されており、
小さな子供連れの若いパパやママと一緒に観て回りましたが、
いかにせん、絵本とは無縁の生活が長くなってしまい作家のお名前にも疎く・・・
ただただ、一枚一枚の絵を観て楽しんだだけでした。
でも、世界で6点しか発見されておらず2007年に日本で発見されたという、
サン=テグジュペリ直筆の『星の王子さま』の原画「実業屋」を観ることが出来、
大いに得した気分になりました~[手(チョキ)]

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暑い中、姫路まで出掛けた甲斐があり、
何とも珍しい物を初めて観ることが出来、とても充実したひと時でした。
ましてや、美味しいモノにも巡り合えましたしね~[揺れるハート]
あっでも、それについてはまたの機会に・・・

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向井理と春の嵐 [ミュージアム]

昨日の日本列島は、春の嵐に吹き荒らされ神戸も大変でしたが、
そんな大嵐がやって来る前の、日頃と変わらぬ午前中、
わたしは友人に貰った2枚のチケットを手に、
大阪からわざわざやって来た友人と、大丸ミュージアムへと向かいました。

蜷川実花 「月刊MEN 向井理」展
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こちらでの会期は4月9日(月)までですが、
すでにあちこちで開催されていますので、
向井ファンだけに限らず、ご存じの方も多いかと思います。

ところで、蜷川実花といえば、
かの蜷川幸雄さんのお嬢さんとして知ったのが初めてでしたが、
今では、いろんな受賞経験もある女流写真家として活躍し、
また、写真だけに限らず、
映画監督も手掛けるというスーパーレディとして有名ですよね。

そんな彼女と超売れっ子俳優の向井理とのコラボで創刊された、
写真集「月刊MEN 向井理」から、
その写真集未収録作品のみ、約160点の展覧会となっていました。

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先ず、入口では、モノクロで満開の桜が並べられ、
入った早々に、何やら薄暗さを感じましたが、
すぐにピンクの桜と向井くんのショットとなり、
その後は、ハスの花が綺麗な夏のカンボジアから、
シットリと落ち葉舞う秋、そして冬の北海道と、
向井ファンにとっては、垂涎モノの写真がズラリと並んでおりました。

が、しかし・・・

どことなく、女性グラビアアイドルと見間違えそうなショットや、
イマイチ、肝心の写真の良さも解らず・・・
ましてや、わたしも大阪からわざわざやって来た友人も、
スターに恋焦がれる可愛さは、生憎、持ち合せておらず、
ただ、お出掛けの口実が欲しく訪れたようなもので~[ふらふら]
向井ファンには申し訳ないけど、
サラ~っと流して見ただけで、さして感想も無く、
お天気が気がかりだしで早めにランチしようと、
サッサと会場を後にしたのでした・・・

というわけで、ランチを済ませ、
大阪に帰る友人と共に、仕事を1件済ませるべくJRで大阪駅に着いたのですが、
すぐに地下鉄に乗り換えたもので、外の様子は全く知りませんでした。
そして地上に出た時も、まだ雨は降っておらず、風が強くなり始めている程度だったのです。
それが、仕事をしながらふと窓の外に目をやれば、
まるで窓ガラスを叩き付けるような雨嵐~[雨][台風]
ホンの数分差でのことですが、自分の幸運に感謝しながら、さて、帰る時には・・・
風は強かったけど雨は小止みとなっており、コレまたラッキー~[手(チョキ)]
そして、地下鉄から阪神電車に乗り換え、地上に出てみれば、
ナント!お日様が燦々と輝いてるではないですか~[晴れ]

それでもう、傘を開くこともなく、家へと辿り着いたのですが、
夕方のニュースを見てビックリ!![がく~(落胆した顔)]
午前中、歩いた辺りもエライことになってたようで、
益々、昨日の自分の運の良さを痛感したのでありました。

それにしても、大型台風並みに猛威を振るった今回の低気圧、
今日まだ北の地に居座っているようですが、
各地にお住まいの皆さんは、どのようにお過ごしでした?

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昭和・メモリアル「与 勇輝」展へ [ミュージアム]

先週はじめに夏風邪をひいてしまい、喉の痛みはとれたものの、
未だに咳が出て困っているのですが、皆さんは体調万全でお過ごしでしょうか?

そんな鬱陶しい毎日を送っているわたしですが、
気分転換にと、ただ今、神戸大丸ミュージアムで開かれております、
与 勇輝さんの人形展へ可愛いお人形を観に出掛けました。
わたしは数年前にも1度見たことがあるので、今回は2度目です。

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ところで、与 勇輝(あたえ ゆうき)というと、
人気長寿番組である「徹子の部屋」で、
いつも黒柳徹子さんの後ろに飾られている妖精ニングルを思い出しますが、
もしかしたら、名前をご存じない方でもお人形はTVでご覧かもですね。

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昭和12年生まれの与 勇輝さんは小さい頃から手先の器用な子供で、
何でも作ることが大好きだったそうです。
それで人形作家となってからも、人形の着ている着物は勿論のこと、
服のボタンや箒、虫籠など、小道具に至っても、全部ご自身の手作りだそうです。
とにかく、人形サイズですからね、何もかもが小さいのですが、
物の見事に実物にソックリで、大いに感心してしまいます。

そして今回は、“昭和・メモリアル”ということで、
戦中戦後に少年時代を送られたご自身の記憶を元に、
だんだんと遠退いて行く「昭和」を残しておこうと創作をはじめたそうで、
新作の“昭和のあのころ”の子供たちを中心にして、
ライフワークになさってる明治から昭和のはじめを時代背景にした代表作もありました。

入口近くには、新作の戦後の動乱に生きる子供たちが続いていたのですが、
その中でもわたしは「シューシャインボーイ」とタイトルされた靴磨きの少年に目が止まりました。
戦争で親を亡くした子供が自分で正当にお金を稼げる唯一の手段であった靴磨き・・・
戦後の日本にも沢山いたようで、わたしも美空ひばりなどの昔の映画で見たのを憶えています。

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作者は、そんな逞しく生きる子供たちに思いを馳せ、
制作に没頭しながら胸を熱くすることもあったそうですが、
これらを見たわたしも、当時の子供たちがどんな風に成長し、
どんな大人になったのかとふと、思いを馳せたのですが・・・
こういう子供の頃から働き者の人こそ、きっと大人になっても働き続け、
今や大富豪の仲間入りを果たしてるかもしれませんね。

昭和・メモリアル「与 勇輝」展は、来週の22日(月)まで!
緻密な仕事ぶりに感動しつつ、
懐かしい昭和を感じにお出掛けになってはいかがでしょう~[るんるん]

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アニメーション美術の創造者「山本二三展」をみて・・・ [ミュージアム]

神戸市立博物館で9月25日(水)まで開催されています。

日本のアニメーション美術の創造者
山本二三展

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日本でのアニメーションの美術監督としては、
以前、東京都現代美術館で「スタジオジブリ・レイアウト展」を見て、
男鹿和雄さんの名前を初めて知ったのですが、
今の日本アニメ界では、
その男鹿さんとこの山本二三(にぞう)さんが両翼を担ってるようですね。

1953年、長崎県五島列島の福江島に生まれた山本二三さんは、
子供の頃から絵が得意で中学卒業と同時に上京し、
7年間、苦学しながらも建築と絵画を学び、
ようやく念願のアニメーションの背景画の仕事に就いたそうです。
そして、1977年のTVアニメ「シートン動物記・くまの子ジャッキー」で助手となり、
翌年の宮崎駿監督「未来少年コナン」で美術監督としてデビューしたのです。
その後は、劇場版「じゃりン子チエ」「天空の城ラピュタ」「火垂の墓」など、
順調に仕事が続いたのはいいのですが、
お陰で描く量が膨大と化し、ある時、急に絵が描けなくなったそうです。
それで、請われてもいないのに、スタジオジブリの門を叩き、
「耳をすませば」の背景画を経て、また描けるようになり
「もののけ姫」「時をかける少女」へと続くんですね。

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ところで、山本さんの背景画は、
現地へ赴いたりしての入念な取材と精密なスケッチが基本となっていて、
光の当たり方は勿論のこと、アニメファンからは、
山本さんが描く雲のことを二三雲と呼ばれ親しまれているそうです。

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何でも、この独特の雲の描き方は、ご自分で考案された手法だそうで、
用紙の裏表に水を濡らし、その乾き加減がグッドタイミングな時に描き上げるそうです。
これらは購入した絵ハガキなので、色が鮮明に出てませんが、
雰囲気だけでも感じていただけますでしょうか・・・

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夏休みに入り、平日だというのに、中高生もたくさん来館していましたし、
一心不乱に見入ってるアニメオタクのような?若者の姿もありました。
特に、神戸にゆかりの深い「火垂の墓」に関連した展示数は一段と多く、
取材当時の三宮駅の写真など、皆さん、熱心にご覧でした。

今回は、入口で音声ガイドを500円で借り、
このように、いろんなエピソードを知ることとなったのですが、
お名前は忘れましたが、声優さんの解りやすい解説といい、
温厚そうにゆったりとお話になる山本さん自身の語りもあって・・・
借りる人は極端に少ないようでしたが、
これからお出掛けになる方には、ぜひともおススメしたいと思います[ひらめき]

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獅子神の森で記念撮影はいかがでしょう~~[るんるん]

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